蔵のある風景・・・つばさにのって③

s_5.jpg 東上線とJR線が通る川越駅は、当初は旧市内中心から離れたところにありました。繁華街は蔵造りの商店街を中心に、地域百貨店もあり賑わっていましたが、スーパーが出現し、都心への通勤者も増加すると、百貨店も合併し、駅の近くへと移転しました。
 
 町内の菓子屋横丁は、子どもの頃は飴屋横丁と呼んでいました。菓子を作るよりも飴を造っている家が多かったのです。私の同窓生の家も飴を造り小売りもしていたので、時々買いに行きました。大玉、きなこ、ニッキなど、懐かしいです。大玉は子どもの口の中でいっぱいになり、しばらく飴を動かすことができませんでした。

 スーパーの出現や生活様式の変化、嗜好の変化より、街の菓子屋にはチョコレート、キャラメルなど洋風のお菓子が並び、遠足の楽しみが増えました。それとともに、飴の製造業は年々減っていき、店は閉められ、友人の家も売却をし、郊外へ移転しました。残ったのはほんの数軒で、外から見たら客の出入りも殆どなく、成り立っているのか不思議なくらいでした。

 大通りに昔から店を構えていた商店も、ある日突然夜逃げをするということが、この当時何件も起きました。子どもであっても、切ない思いをしました。  続く、、、